多様なステークホルダー、企業が優先すべきは?
「ステークホルダー資本主義」という言葉には心地良い響きがある。企業は株主の利益だけを重視するのではなく、顧客やサプライヤー、従業員、投資家、コミュニティーといった「すべての」ステークホルダー(利害関係者)のために運営されるべき、という考え方だ。
だが企業経営者なら、悩ましい問題に必然的に直面することになる。実際にそれをどう行えばいいのか、という問題だ。
ステークホルダーの利害の「バランス」を取るというのは聞こえはいいが、結局、実践的でないばかりか、最悪の場合は不誠実になる。企業のリーダーはある時点で、不機嫌にさせる相手、耳を傾ける相手を選ばなくてはならない。顧客として石油会社を受け入れるのはもうやめるべきだと主張する従業員に気を配るのか。それとも、人権問題を理由に主要なサプライヤーを切るよう求める投資家に、か。あるいは、市場の水準を上回る賃上げを求めてやって来るコミュニティーの指導者に、か。
彼らを無視した場合に非難されるリスクは確かにある。だが、もっと大きなリスクは、イエスとばかり言っていると、後から偽善のそしりを受けかねないことだ。
ステークホルダー資本主義の長短はさておき、あなたがビジネスリーダーとして、世界は変わったのだからより広範な利害や意見に耳を傾けるのは当然だと考えているとしよう。そのように悩ましく、複雑な問題を切り抜けるためのアドバイスを以下に挙げる。
以下アドバイスの筆者、アリソン・テイラー氏はエシカル・システムズのエグセクティブディレクター。エシカル・システムズはニューヨーク大学スターン経営大学院を拠点に共同研究を行い、学術研究をビジネスの現場で利用できるように推進している。
関連性を判断する
潜在的な問題はどれも理論的には重要だが、実際には等しく重要であることなどあり得ない。
したがって、どの企業もまずは、環境、社会、ガバナンス(ESG)上のどの問題が「自社」に関わっているかを判断することから始めなくてはならない。気候変動や役員報酬、多様性といった問題はほぼすべての企業にとって重要だが、そうした問題の関わり方は業界や企業によって変わってくる。
例えば、アパレル会社を経営しているとしよう。サプライチェーン(供給網)の工場の労働条件やファストファッションの環境的影響、水や化学薬品の使いすぎ、そして綿花栽培の現場での人権リスクなどが関連する問題として考えられる。だが製薬会社の経営者なら、児童労働や人身売買とはあまり関連がなく、大きな圧力にさらされる可能性も低い。
社内で情報収集する
次に、社内を見渡して、こうした重要な問題のうち、どれが自社のビジネスモデルと戦略にとって最も関連しているかを見いだしていく。営業や戦略、リスク管理、投資家向け広報(IR)といった各部署に、直面している問題についてヒアリングを行うのだ。大口の顧客や投資家もプラスチックごみや取締役会の多様性、気候変動について同様の問題を問いかけているだろうか。
従業員の意見を聴くことも同じくらい重要だ。若い従業員はキャリアについて、自身の価値観に合うべきとの考えを一段と強めている。新たな社会・環境上の圧力に対する最適な対処法についてもかなりの見識をもっている。声高に主張する怒った従業員に突き動かされて重要な決断をすべきと言っているのではない。匿名の調査を実施し、社員の見識を集めなさい。環境・社会的な優先事項や価値、経営陣への信頼に関する意見を引き出すのだ。
この段階が終わるころには、自社の利益と従業員の両方にとって、どのESG問題が最も関連しているかを判断できるようになっているはずだ。
容赦なく優先順位を決める
4象限のマトリクスを作ってみよう。Y軸を社内の優先事項(下から上に)、X軸を社外の優先事項(左から右に)とする。このマトリクスに自社の重要な問題を以下のように配置していく。
●左側の下部には、優先度が最も低い問題、とりわけ従業員や社外のステークホルダーにとって重要ではない問題を置く。
●左側の上部には、社外の人間は共感しないが、社内の中心的な取り組みなどが入るかもしれない。
●右側の下部には、一部の社外ステークホルダーには重要だが、自社にとっては商業的あるいは戦略的な優先事項ではない問題を配置する。
●右側の上部には、目標を高く設定する必要のある問題を置く。特に影響力のある情報通のステークホルダーとの継続的な対話を確立しなければならないような問題だ。リーダーシップを示したい分野を明確にすべきだ。経営者の言動が組織全体で確実に共有されるようにしなければ信頼は得られない。
例えば、多角的な経営を行う小売業者だとする。最も優先度の高い右側上部には、製品の品質や安全、労働慣行、消費者行動、責任あるマーケティングといったことが入るかもしれない。社内のビジネス優先度が高い左側上部には、従業員の採用と維持、リソースの活用、廃棄物管理が含まれる可能性がある。右側下部には、ステークホルダーが製品やパッケージに関して社会・環境に与える影響に対処するよう求めるなど、直接的なコントロールがあまり及ばない問題が当てはまる。優先度の最も低い左側下部には、気候変動や生物多様性、水などが入るかもしれない。こうした問題は経営上、直接的な影響をほとんどもたらさない。これらを懸念するステークホルダーなら、他のセクターを真っ先に重視するだろう。
すべてのステークホルダーのために経営するという考え方は、あまりに理論的で有益とは言えない。とはいえ、株主第一主義は企業にとって、もはや自社を導く全能の光たり得ない。イメージ悪化による危機で高い代償を支払うことになった企業の例はあまりに多すぎる。より大局的な見方をしていれば、そうした代償を防ぐことはできたかもしれない。ステークホルダーの見識を集め、それを集中的かつ規律をもって分析すれば、経営者はいかなる乱気流をも乗り越え、長期的な繁栄を手に入れることができる。ESGに対するこうしたアプローチは、一時的なはやりでも、まひ状態に陥っている企業の口実でもない。未来に向けた実践的な第一歩なのだ。
以上、Wall Street Journalより要約・引用しました。
https://www.wsj.com/articles/so-many-stakeholders-strategy-11624308112?mod=searchresults_pos1&page=1
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