「ワクチン国家主義」:熾烈化する各国の争奪戦
日本はGDP世界3位でありながら、新型コロナウィルスワクチン開発に関しては今までのところ目立った発表はない。日本の対GDP研究開発費が低いことは以前より指摘されていたが、こういうところでその綻びが出るのかと思う。
一方、世界の主導国家はワクチン開発と、開発後のワクチンの使い方の優先順位までを計算した競争が熾烈になっている。
新型コロナウイルスのワクチン開発後に輸出規制が敷かれる事態に備え、製薬会社は生産拠点を各大陸に分散させようとしている。開発競争を制した国は政治・経済の両面で圧倒的な力を獲得できるとみられており、ワクチン確保に向けた地政学的な争奪戦が熱を帯び始めた。
各国が先を争ってワクチンの確保に動けば、どの国が最初に自国民に免疫を与えることができるかを巡る国際競争に発展することになり、公衆衛生の専門家はこれを「ワクチン国家主義」と呼んでいる。コロナワクチンの大量生産にいち早く成功すれば、歴史的偉業を成し遂げたことになり、人類初の月面着陸に匹敵する勝利となる。開発競争を制した国は、他国に先がけて経済復興を遂げ、どの同盟国に次の供給分を振り向けるかを選ぶ権利も手にすることになるだろう。世界経済の回復の行方を覇権国のワクチン生産が左右することにもなる。
欧州やアジア諸国の政府は、どの程度積極的に自国で生産されたワクチンの備蓄に動くかについて、時に矛盾したシグナルを発している。だが、コロナワクチンの開発を手掛ける有力企業の多くは、ワクチンの有効性が確認されれば、各国政府が輸出規制に乗り出すと予想している。これまでマスクや治療薬候補でも、同じことが起きているからだ。そのため、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)やモデルナなど、製薬会社の中には、それぞれの大陸で同時に生産施設の準備を進めているところもある。
世界保健機関(WHO)はこれまで、ワクチンが開発された場合、まずは世界の医療関係者向けに迅速に輸出し、その後必要とする全ての人々に供給するよう要請した。テドロス・アダノム・ゲブレイェソス事務局長は先月、記者団に対し「持てる者と持たざる者の間に格差を生み出すべきではない」と語った。
しかしながら、ワクチン開発がこれほど急ピッチで進められた前例はなく、医療用ガラスから超低温フリーザーなど、基本的な備品の供給が不足している。また、複数のワクチン候補は、少数の専門家しか理解できない新たな技術を活用している。
欧州連合(EU)のリーダーらはビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団とともに、こうした障害を克服する目的で80億ドル(約8,600億円)の調達を支援した。EUの執行機関である欧州委員会は今月、動画経由で国際会議を開催。参加した首脳らは、いかにワクチンを製造し、貧困国に分配するかといった争点の多い問題について詳細を話し合った。
米国、インド、ロシアはいずれも出席しなかった。中国の李克強(リー・クォーチャン)首相は当初、参加する予定だったが、直前になって予定が変更された。李氏の代理で出席した中国の大使は、ほとんど詳細には踏み込まず、コロナの感染拡大を巡り「責任のなすり合い」をしているとして西側諸国を非難した。
「ある国がワクチンを手にした場合に、何が起こるのかは非常に興味深い問題だ」。英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)の世界医療プログラムの名誉フェロー、デービッド・ヘイマン氏はこう指摘する。「そのワクチンが国内で生産・製造されれば、多くの国がまずは自国民に行き渡るよう政治的な責任に縛られるだろう」
現時点で、世界で100種類以上のコロナワクチンの開発が行われており、10以上が治験段階に進んでいる。このうち5つは中国が占め、習近平国家主席は同国で開発されたワクチンは「世界の公益」になると述べている。だがその一方で、3つのワクチン候補を傘下の子会社が手掛けている国薬控股(シノファーム・グループ)の幹部は、国営の中国中央テレビ(CCTV)に対し、海外の医療関係者や駐在員、留学生を含め、まずは中国人に優先的にワクチンを供給する考えを示唆した。
英米が地元の製薬会社に対して提供する資金支援には、似たような条件が付けられている。世界最大級のワクチン生産国であるインドでは、政府が自国民を優先し、ワクチンの輸出規制に乗り出すとの見方が製薬業界関係者の間で出ている。コロナ治療薬候補として期待されていた抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」についても、当局が輸出規制を行ったためだ。
米バイオ医薬品会社ノババックスのスタンリー・アーク最高経営責任者(CEO)はインタビューで、できる限り多くの大陸で製造できることを望むと話す。同社は25日、コロナ予防ワクチン候補の治験開始を明らかにした。すべてが順調に行けば、年内までに最大1億回分を生産できる見通しという。
アーク氏は「問題はその1億回分がまずどこに向かうかだ」と指摘する。同社では、ドナルド・トランプ米大統領が「国防生産法(DPA)」を発動して、米国内で生産された分の備蓄に動く事態を想定しており、米国外での生産をどう増やすか検討している。「問題になるのは、国境が封鎖された場合だ」(アーク氏)
米政府はこれまで、J&J、モデルナ、英アストラゼネカ、仏サノフィの製薬4社が手掛けるワクチン製造に20億ドル超の資金支援を提供した。大半の企業は、資金援助を受ける条件として、もしくは別途に、米国内で製造することを約束している。一方で、J&Jなどは、同時に欧州での生産にも取り組んでいる。
「われわれは列の先頭に立つ必要がある」。米生物医学先端研究開発局(BARDA)のリック・ブライト元局長は先週の議会証言で、まだ効果が確認されていないワクチン候補を国内で製造する企業に前倒しで資金支援を行った理由をこう説明した。
BARDAはモデルナに対して、ワクチンの開発と大量生産に向けて最大4億8,300万ドルを提供する。モデルナのステファン・バンセルCEOはインタビューで、政府との契約には、米国への供給について具体的な要件は含まれていないと話す。
英政府もこれまで、アストラゼネカとオックスフォード大学が共同で手掛けるワクチン候補に少なくとも7,900万ドルを提供した。開発に成功すれば英国民が最初にワクチンの投与を受けることになるとみられ、早ければ9月にも3,000万回分が供給される見通しだ。
トランプ政権は先週、約3億回分のワクチンを米国向けに製造するため、アストラゼネカに最大12億ドルを提供する方針を示した。
コロナワクチン開発向けに資金支援を行う非営利組織「Coalition for Epidemic Preparedness Innovations」のリチャード・ハチェットCEOは「どのワクチンメーカーも拠点を置く国に対する責任を感じるだろう」と述べる。自国民向けに生産するよう誘導するのは米国だけではないとし、「これは世界的な現象だ」と話す。
以上、Wall Street Journalより要約・引用しました。
https://www.wsj.com/articles/geopolitical-power-play-over-coronavirus-vaccine-leaves-drugmakers-in-the-middle-11590577849?mod=searchresults&page=1&pos=2
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