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「石油時代」の終わりと新たな地政学リスク

 

background-1511508_960_720世界の原油生産がピークを迎える――つまり供給が徐々に減っていく――との予測(ピークオイル)はこの数十年間、世界経済の破滅シナリオであった。しかしシェール革命が「潤沢な供給」という新たな時代の到来を告げた後、その破滅シナリオは深刻さを緩めた。そして、最近は「ピークオイル」の意味が全く別のものになっている。供給ではなく、「需要」が予想より相当早くピークを迎えるかもしれないという考えになっているのだ。温暖化対策のための国際的な新枠組み「パリ協定」後の政策や、電気自動車(EV)などの技術革新、中国でみられるような経済構造の変化などがその背景となっている。

世界の石油消費量減少は地球環境にとっては歓迎されるべきことだが、一方で、地政学上の既存の国際関係をひっくり返す大きな可能性がある。主要産油地域では不安定さが増し、政策立案者にとって懸念すべき地政学上の新たなリスクが生まれることになる。

石油需要がピークに達するからといって、すぐに世界が石油を必要としなくなるわけではない。ただ、需要が徐々に小さくなっていくとの予測は、各市場に地殻変動をもたらすだろう。石油価格は限界水準で推移し、需要のわずかな変化が価格に大きく跳ね返る可能性がある。「石油時代」の終わりが迫りつつあると認識すれば、産油国は売れる間に売っておこうと、生産量を増やすだろう。そうなれば価格には一段の下押し圧力がかかる。石油輸出国機構(OPEC)が再び影響力を強める可能性はなくなるだろう。原油先物価格の上昇期待が崩れ去れば、石油各社は在庫の一掃に動くかもしれない。同時に、新規投資は干上がることになる。

「石油時代」の終わりが視野に入ってくれば、石油需要の冷え込みは主要産油国の経済に深刻なダメージを与えることになる。現在の原油価格急落は、すでに産油国に混乱を引き起こしている。ベネズエラは経済崩壊の瀬戸際に立っており、生活必需品や医薬品の欠乏、ハイパーインフレ、そして生産の縮小という悪循環に陥っている。ナイジェリアはリセッション(景気後退)に突入した。財政難に陥っているブハリ政権は、武装勢力の懐柔策として彼らに払っていた給料を削減し、原油が眠るニジェール・デルタ地帯の治安が悪化した。軍兵士に給料を払うことにも苦労しているため、同国北部でのイスラム系過激派ボコハラムとの戦いも成果が上がっていない。リビア、イラク、アルジェリアなども同様に、社会不安とリスクの高まりに直面している。

石油需要が小さくなっていく未来は、気前の良い社会福祉や利益供与に基づく社会契約の維持を石油収入に依存してきた国家に、際立って大きなリスクをもたらすことになる。民族間や宗派間の深い亀裂を抱えた国の政情不安は、地政学的に広範な波及効果をもたらしかねない。そうしたリスクはとりわけ中東のような地域で目立つことになる。中東はすでに、シリア内戦や過激派組織「イスラム国」(IS)との戦い、イエメンの政治混乱、イラクの内部崩壊のような安全保障上の問題をすでに抱えている。米国周辺をみてみると、メキシコやブラジル、コロンビアのように改革路線を追求している近隣・同盟諸国にとって、石油時代の終わりは逆境をもたらすことになるだろう。

長期的な見通しに立てば、産油国は経済の多様化を急ピッチで進める必要がある。ペルシャ湾岸諸国の中には、サウジアラビアの経済改革案「ビジョン2030」や「国家変革計画」のように、原油への依存度を減らし、民間セクターを育て、外国資本を受け入れるための方策にすでに着手しているところもある。サウジの原油生産コストは1バレル10ドル未満と非常に低いものの、歳出とのバランスをとるためにはそれよりも数倍高い価格で販売しなければならない。

石油の消費が減るとの見通しはさらに、地政学上の長年の関係を変化させることにもなりそうだ。「安全保障のための原油」という歴史的な交渉文句がまもなく時代遅れになるのであれば、すでに緊張している米国とサウジの関係を何が支えることになるのか? 需要減は原油で潤っている国に対する経済制裁といった外交オプションを可能にするかもしれない。さらに、石油の需要が減れば、北極圏や南シナ海といった原油探索の最前線における地政学的緊張を軽減することにもなるかもしれない。

alternative-energy-1042411_960_720石油需要の低下がもたらすであろう地政学上の影響は、その代わりとなる燃料の動向にも左右される。例えば、車両の電化が進めば、他の燃料の需要が伸び、また別のリスクを生じさせることになりかねない。ロシアの天然ガスに依存している欧州はよく分かっているはずだ。輸送セクターを電気に依存させれば、サイバーセキュリティー面で新たなリスクが生まれることになり、停電による影響も大きくなる。電気は石油やガソリン、ディーゼルと異なり、貯蔵ができないためだ。電化への移行はまた、世界のリチウム供給をほぼ独占しているアンデス諸国への依存度が増すことも意味する。バイオ燃料であれ水素であれ、石油以外の選択肢は従来とは異なる地政学上の新たなリスクと恩恵をもたらすことになる。

石油時代が始まってから、原油は世界の地政学と権力、そして外交政策と密接に結びついてきた。その間、石油の消費量はほぼ毎年増えており、各国政府は結果として生じるリスクに対処する経験を積んできた。われわれが本当にエネルギーの新時代の幕開けにいるのであれば、外交政策立案者は新たな地政学上のリスクと、それによってもたらされる世界秩序の再編に注意を払う必要がある。

以上、Wall Street Journal紙より要約・引用しました。

http://blogs.wsj.com/experts/2016/09/13/the-new-geopolitics-of-declining-oil-demand/

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