トヨタ自動車社長が助言を求める寒天会社社長
常人より遙かに優れた状況判断能力、冷静さ、統率力を持つ世界屈指の大企業のCEO達。しかしそのCEO達も常に良い助言を求めています。その際、CEO達はどこに行き、誰に助言を求めるのでしょうか?
トヨタ自動車の生産方式は世界中で研究され、同社の経営理念や製造に関する本も数多く出版されています。トヨタのCEOが経営に助言を必要とする時、向かうのが長野県伊那市の伊那食品工業がある山間の街です。
伊那食品工業は海藻から寒天製品を製造する小規模企業。同社の塚越寛会長(77)は海外での知名度は高くないものの、実は日本では有力企業経営者の多くが信奉しています。伊那食品は48年連続で増収増益を上げた記録を持ちます。トヨタでさえ及ばない一貫した業績に関する見識を求めて、トヨタの経営幹部の他にも、黒田東彦日銀総裁といった経済・実業界のリーダーたちがこれまで伊那食品の本社を訪れてきました。
塚越氏は米国流の経営手法には賛同せず、米国流手法は短期的思考に傾いていると指摘します。同氏の持論は、企業は従業員を幸せにするために存在すべきだというもので、従業員はオフィスのトイレを掃除するなどして仕事に対する責任感を高めるべきだと指摘します。
株式を公開していない伊那食品の年間売上高は約170億円で、売上高25兆円を上回るトヨタと比べれば取るに足りません。しかし、塚越氏によると、全国に流通する寒天や関連製品約2300トンの内、80%近くを伊那食品が製造しています。
トヨタ自動車の豊田章男社長(59)は「企業経営の規模はあまり関係ないと思う」とし、「企業経営において着実に伸ばすという価値観について、僕はものすごく塚越さんから学んでいることが多い」と話します。
伊那食品に対するトヨタ社長の尊敬の念を見れば、短期的利益よりも長期的な成功や社会的結束が優先されることが多い日本の伝統的な企業価値が、国際化したトヨタにおいていかに根強く、変わっていないかも理解できます。
日本の株主利益は米国をはじめとする欧米市場の水準に遅れをとってきました。多くの日本企業の株式を保有している海外投資家は、一層多くの利益を投資家に還元するよう企業に圧力をかけています。企業に国際基準を採用させたい安倍晋三首相も、それを後押ししている格好です。
トヨタは過去最高水準の利益を上げていますが、豊田社長は短期的な利益に的を絞る投資家よりも長期投資家を引き付けたいと話します。同社は7月に、5年間は売却できない仕組みの新たな種類の株式を発行しました。この計画は海外投資家の一部に反対されました。現在海外投資家は合計でトヨタの発行済み株式の約三割を保有しています。
塚越氏は著書「リストラなしの『年輪経営』」で、「木は天候の悪い年でも成長を止めません」と指摘する。この本のタイトルは、木が不規則に拡大したり縮小したりするものではなく、着実に年輪を1つずつ重ねることにヒントを得たものです。「会社も一緒で、環境や人のせいにするのではなく、自分でゆっくりでもいいから着実に成長していきたいものです」と記しています。
塚越氏の急成長を嫌う信念は、2005年の「寒天バブル」で一段と固まりました。あるテレビ番組で、低カロリーで高繊維質の寒天の健康効果が取り上げられたことをきっかけに寒天がブームとなり、伊那食品では需要に追い付くために昼夜工場を稼働せざるを得なくなりました。年間の売上は40%急増しました。ボーナスを手にして大喜びする企業経営者もいるかもしれませんが、塚越氏は次に何が起こるかを心配していました。案の定、2006年に売り上げは急落しました。「目先の欲や効率を求めてはいけない」と塚越氏は言います。
トヨタ自動車では経営幹部らがトイレ掃除をするように求められることはありませんが、豊田氏はマネージャーたちに塚越氏の著書を読むように求めています。
豊田社長が塚越氏に初めて会ったのは、5年ほど前に塚越氏がトヨタ関連のイベントで企業の長期的成長について講演したときでした。塚越氏の言葉が、急拡大の後に赤字に転落し、会社の立て直しに苦戦していた豊田社長の心に響きました。それ以来、二人は繰り返し会っています。豊田社長は講演をする際、塚越氏の著書から言葉を引用することも多くなりました。
豊田氏は昨年の決算発表の席で、「木の幹に例えれば、ある時期に急激に年輪が拡大したことで幹全体の力が弱まり、折れやすくなっていたのだと思います」と述べました。その上で、「持続的成長とは、どのような局面でも、1年1年着実に年輪を刻んでいくことです」と続けました。
以上、Wall Street Journalより要約引用しました。
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