子どもの貧困に挑むNPO代表 原動力は東大での疎外感
個人の努力や責任だけに帰することができない格差がある
今回は、既存の価値観にとらわれずに社会を変えようとしているリーダーの一人、子どもの貧困の解決に取り組むNPO法人Learning for All(LFA)の李炯植(りひょんしぎ)代表理事へのインタビュー記事を取り上げる。
李炯植氏は1990年、兵庫県生まれ。小学校の先生の強引なまでの勧めで私立の中高一貫校に進学。その後東大に入学するも「勝ち組」を自負している周りの学生に違和感を覚え、大学に行かない日々を過ごした李さん。しかし、教育哲学を勉強するために取った教授のゼミで「雷に打たれたような」経験をし、「これが勉強することだ」と初めて気づく。東京大学卒業、東京大学大学院教育学研究科修了。2014年に特定非営利活動法人Learning for All を設立、同法人代表理事に就任。これまでに延べ8,000人以上の困難を抱えた子どもへの無償の学習支援や居場所支援を行っている。「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」理事。2018年「Forbes JAPAN 30 under 30」に選出。
−支援世帯のコロナ禍の1年
生活困窮世帯の子どもたちの状況は厳しくなっている。大きな点が家計だ。収入が減ってしまっている。一人親家庭などは、学校が休校になってしまうと親が仕事に行っている場合ではなくなってしまう。アルバイトや契約社員の有給休暇を使い果たしてしまい、欠勤しているとの話もあった。そうやって徐々に家計へのダメージが来ている。一人親世帯やそれに準ずる世帯への政府の給付金もあるが、厳しい状態が続いていると思う。
虐待の報告も非常に増えており、子どもの自殺者数も最多になった。子どもや子育て世帯の孤立や孤独対策も注目されており、子どもたちへのストレスが現れていると思う。
学びの環境については、学校休校を経てもともとあった教育格差・学力格差が開いてしまった。自宅で勉強ができる環境の子どもたちは良いが、そうでない子どもたちはオンラインで宿題が出ていても、オンライン環境が整っていないのでアクセスできない。学習机がない、または教えてくれる人がいないと何もできずに学力の差が広がった。
そのまま学校に戻ったが、学校に子どもたちの教育格差を埋めるためのサポートをする余裕がそもそもないので、学力格差は開き続けていると思われる。また、不登校も増えている。もともと不登校だった子どもに加え、コロナの感染リスクを理由とする積極的不登校も合わせて7000人の子どもたちが学校に行けていないとの報道もある。
−LFAとしてどのような対応をしてきたのか
まずは子どもたちのライフラインを維持することが重要。勉強ができなくても、取りあえずはご飯が食べられる、孤立せずに誰かとつながっていて相談できるという点を重要視している。ここ1年、コロナ対策として食料品、消毒用アルコールやマスクなどの生活物資を段ボールに詰めて配送することもやっている。
また、LINEで保護者が気軽に相談できるようにもしてきた。社会福祉協議会による小口資金貸付などが発表されたら「申請したらいいですよ」と案内を送ったり、簡単な食事のレシピの紹介もしてきた。支援世帯とのつながりを絶たない、孤立させないという点をまず重視し、生活支援を展開してきた。
その上に学びの環境を整えることは子どもの自立を図る上で重要なので、発達段階に合わせて、居場所となる拠点を作ったり、学習支援をオンラインで継続したり、オフラインでも感染状況に合わせて維持している。
オフラインは感染対策を徹底してやった。オンライン支援もITリテラシーが問われたり、外国籍の世帯だと日本語が読めない場合もあったりするので多言語対応のマニュアルを作って対応した。
ある世帯はオンラインができないということで、そこへは週1回電話をして国語の教科書を子どもと一緒に読むなど、家庭に配慮しつつも子どもたちとのつながりと学びを絶やさないように工夫してきたのがこの1年だった。
−教育格差は本来学校が対応するべきでは
学力や非認知能力の面で子どもたちの格差が広がっており、これはコロナの前から学校単体で埋めるのは非常に難しかった。その中で民間、NPO、地域のリソースをどうやって活用し、学びのインフラを整え、子どもたちが自立する力をいかにつけていくのかを社会全体で考える必要がある。
コロナになり、学校単体では先生の多忙がより極まっている。細かい対応はできない。数年間一緒にやってきた先生と話したが、「子どもたちはすごい状態で学校に戻ってくる。不登校も増えるだろう。学校だけでは絶対解決できない、手伝って欲しい」と言われた。
学校教育はそもそも人員が足りなかったり、子どもの状況に合うシステムになっていなかったりするので、改善がまず必要だ。かつ、われわれのようなNPOや地域の学び舎(や)でないと来られない子どもたちがいる。そこでないと救えない細かいニーズ、または教育だけでなく福祉とオーバーラップする部分もわれわれのようなNPOが対応している。そのようなきめ細かい対応は、学校という箱以外のわれわれのような学び舎や居場所との連携が必要だと考えている。
−大手企業や個人からの支援を受けているが、他に何が必要か
民間資金の活用はポイントになる。ゴールドマン・サックスをはじめ、外資だけでなく日本の企業でも子どもの貧困への注目が高まってきている。そうした企業の力を借りて、地域の支援を拡大・拡充していくのは重要。ただ、貧困は国の問題であり、政策の中で予算を確保してサポートしていくことが必要。さらに、予算が付いても担い手がいないとどうしようもない。子どもの貧困支援の業界は日が浅く、地域でのプレーヤーが育っていない。
例えば子どもたちの遊びを支える「プレイワーカー」は海外だとマスター(修士号)を取るような専門性として認められている。子どもたちや世帯にミクロで関わったり、地域の関係者を調整したり、マクロレベルで政策を作っていくような活動を求められるソーシャルワーカーも、社会福祉士や精神保健福祉士といった資格を持った人が代替する形になっており、この分野の専門性が確立されていない。それゆえに社会的地位も低く、低賃金・非正規労働の環境の中で専門家が育たず、バーンアウトしてしまう。そこを根本的に変えていくのも重要だ。
−この活動を続ける原動力は
生まれたのは尼崎市の市営団地しか建っていないような地域で、放置自動車が多くあったり、ホームレスの人も路上に多かったりした。貧困がすごく身近にあった。小学校までは公立で、クラスの半分ぐらいが一人親で、生活保護を受けている家庭も多かった。それが当然だと思って生きていた。僕の場合は小学校の先生のすすめで私立の中高一貫校に入り、その後東京大学に入ったが、公立の中学校に進んでいった同級生たちの人生はすごく変わってしまった。
高校の時の小学校の同窓会で、私立校に行っているのは僕だけで、大学を目指しているのも僕だけだった。同級生は、高校を中退して働いているとか、妊娠しているので高校を辞めるとか、お金がないから学校に行けないとか、彼らの可能性が狭まっていくのを見た。
東大に入ると全然違っていた。人生のスタートラインが違う。あまりにも個人の努力や責任だけに帰することができない格差がそこに存在していて、格差の中にいる人には格差構造が見えず、東大に来るようなトップにいる人は自分の努力で勝ち進んできたと思っていて、それに非常に落胆した。社会の分断を見た。それが一番のきっかけだった。
−東大に入ったことで尼崎での過去と決別することもできたのでは
過去をなかったことにしたくなかった。いろんな世界を見てきた自分だからこそ感じたことに正直に生きたいと思った。まだ若かったので、社会の構造がおかしいことにすごく憤りを持っていて、正したいと思っていた。就職活動もしたが、あまりピンとこなかった。スーツを着て、バリバリ働いて1000万円稼ぐのがなぜか幸せに思えなかった。そこでこういう道を選んだ。
LFA代表として自分の過去と向き合っていくこと以上に、支援している子どもたちの成長がモチベーションだし、多くの人に関わってもらい、応援してくれる人のエネルギーを代表できることはうれしい。今はそういう気持ちで関わっている。自分の過去の話は原動力にはなっているが、それに引っ張られてやっているわけではない。
−支援してきた子どもたちとの関係は
どこかで終わりがあっていいと思っている。僕らは通過点にすぎない。むしろ感謝もされたくない。地域にいるお兄さんお姉さんが教えてくれる場所で勉強ができて、中学は行けなかったけど高校は通信に行けましたという子がたくさんいるが、そういう環境を享受できるのは当たり前のこと。「あの人たちにサポートしていただいたおかげで」と子供たちに思ってほしいなどと全く思っていない。自転車の補助輪のように、付いていたはずなのに全然覚えてないというような忘れられる存在でありたい。ただ、求められればもちろん断りもせず、つながっている人もたくさんいる。
以上、Wall Street Journalと日本経済新聞より要約・引用しました。
https://jp.wsj.com/articles/pandemic-worsens-child-poverty-in-japan-11619908171
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