「スウェーデンのコロナウィルス対策」vol.1
執筆 Ryoko Kondo
コロナウィルスの流行は中国・武漢にて医療崩壊を引き起こし、それを追うようにイタリア北部、スペインでは感染者・死亡者数の爆発的拡大に伴う医療崩壊が起こった。幸運にも前述の地域の状況を観察する時間的余裕のあった国々はコロナウィルスの世界的大流行に対応するため、様々な対策を打ち出した。
人口密度、法制度、リーダーの性格、文化によって各国が執る対策・施策は異なるものとなった。またトランプがアメリカ独自路線を行く中、WHOとの足並みも揃わず、世界各国はコロナウィルス・パンデミックの局面でも協調より独自路線、または独自路線を打ち出す勇気のない国家リーダーは他国追随と、現世代のリーダーが経験したことのない状況に対応するために各国・各地域が打ち出す対策は異なり、大変興味深い。
今回のコトラプレスでは筆者の在住するスウェーデンの対応状況について話をしたいと思う。欧州ではイタリア、スペインの惨状もあったことから厳しいロックダウン措置を執る国が多かった。多くは休校、職場閉鎖、食料品買い出しと軽い運動・犬の散歩以外の外出禁止令、警官による巡回と違反者への罰金等厳しい措置を課した。そのような隣国に囲まれる中、スウェーデンは強制的ロックダウンではなく最低限の禁止項目と国民の自粛を促す政策を執るという独自路線をとった。
明確な目的、専門家の裏付け、そして戦略立案
未知のウィルスへの対応策を模索する中、スウェーデンの目的ははっきりしており、国内外から賛否両論に晒されながらも今日まで揺るいでいない。それは「対コロナウィルスのワクチンや治療薬ができるまで、経済的に実践可能で持続可能な対応策を実施し、感染スピードをコントロールし、医療崩壊を避ける」という目的だ。
上記目的を達成するため、政府、省庁、研究機関(科学者)、医療、軍がその垣根を越えて迅速に議論し、未曽有の危機に対応するための戦略立案を行った。スウェーデンのとってきた対応策を、「国民生活行動に関する対策」「経済対策」「医療現場対策」に分けて紹介したい。
国民生活行動に関する対策: 国民健康庁及び社会大臣主導
まずは3月中旬に国民健康庁より以下の通達が下された。
- 3月中旬より高校以上の教育はすべてオンラインによる在宅授業とする
- ストックホルム勤務の者で在宅勤務可能な者には在宅勤務を推奨する
- 500人以上の集まりは禁止とする
- 20秒以上の石鹸による手洗いの推奨
- 少しでも風邪の症状がある人は自宅待機
- 外務省からの通達:外国からスウェーデンへの不必要な入国の禁止
- 外務省からの通達:不要不急の海外渡航を4月14日まで自粛要請
1について注目したいのは、小中学校、保育園は通常通りの状況が続いたことである。理由は子供への感染が深刻化するケースがほとんど見受けられないこと、また、学校や保育園が休校になると、老齢の祖父母に子供を預けて働く親が急増し、リスクグループである老人の感染リスクが逆に増えることを政府が懸念したからでもある。もちろん5の但し書き付きで、「子供に少しでも風邪の症状がある場合は自宅待機」である。この発表後、学校を欠席する生徒数は時にクラスの半分となることもあった。
高校以上への措置も休校ではなく教育の進行を妨げないオンライン授業への転換である。スウェーデンはIT先進国で、各家庭でのWi-Fi導入が当然であり、普段からPCやiPad等携帯端末を使っての授業や課題が当たり前であったからこそスムーズに移行できた政策である。
とにかく小中学校や保育園が通常通りであったことは社会が最低限の経済活動を続けていくことの大きな支えとなった。
2の在宅勤務推奨の結果、発表の翌日から現在に至るまで、ストックホルムに限らずヨーテボリやマルメ等大都市の通勤者数は6-7割減少し、それに伴い電車本数も激減した。企業と労働者が自主的に在宅勤務に切り替えた。
3により禁止されたのはコンサートやスポーツ観戦などである。
5の「少しでも風邪の症状がある人は自宅待機」には、制度改正も追随した。スウェーデンでは仕事の病欠1日目は無給扱いとなり、2日目以降は病欠保険が下りる。たった1日の無給でも家計に重要な影響を受けかねない低所得世帯では、就業者が風邪でも無理をして出勤することが多かった。コロナ以降この制度は改定され、病欠保険は病欠休業1日目から支給されるようになった。通常なら関係省庁が数ヶ月または数年の議論をして変更される政策も、数日から数週間で制度化されるような迅速さであった。
3月22日には、レフベーン首相より国民に向けてのテレビ演説があった。簡潔だが国民の心に響くいい演説だったと思う。内容の要約を掲載する。
「残念ながら、国は大変な状況になりつつある。これから大切な人にさようならを言わなければならない人が増えるだろう。医療従事者が助けられる命を助けられるように、国民の皆には団結して自粛要請を受け入れてもらいたい。医療崩壊だけは避けなければならない。いつ終わるかわからない、非常に辛い状況となるが、皆さんには心を一つにして、団結してこの危機を乗り越えていただきたい。
あなたの近所で風邪をひいている一人暮らしの人がいたら、その人の代わりに食料品の買い物に行って玄関先に届けてあげてください。おじいちゃんやおばあちゃんの訪問は、ビデオや電話を通じて行ってください。あなたやあなたの家族に少しでも風邪の症状があったら、表に出ないでください。そうすることが他の人にとって大切な誰かの命を守ることにつながるのです。
一生のうち、国のために何かをするなんて、あまり考えることはないでしょう。でも今がその時です。」
第2弾の対策発表は3月末であった。内容は以下のとおりである。
- 老人ホーム訪問の禁止
- 50人以上の人の集まりを禁止
- レストランにてビュッフェスタイルの禁止
- 国内移動の自粛
- 不要不急の海外渡航自粛を6月15日まで延長
3ではレストランやバーのテーブルサービスは禁止されていないが、人が密集するビュッフェは禁止となった。人と人の間隔を保つように促されたレストランやカフェではテーブル一つおきに客を座らせたり、ファーストフード店では客が並ぶ間隔をとるために床に立ち位置テープを貼るなどの対策をとった。
4の国内移動の自粛はとくにイースター休暇の週末を想定して勧告された。毎年イースター休暇は都市部の人々が山にスキーに出かける。ストックホルムほど感染率の上がっていない山間部に大量にストックホルムの人口が押し寄せ、ウィルスの拡散を招きかねないと危惧した政府はスキー旅行の自粛とイースター休暇を家で過ごすよう国民に促した。これを受け、スウェーデンのスキー場はほぼすべてイースター前に閉鎖をするに至った。スキー場にとっては大打撃であったと思うがスキー場同士の話し合いと自主的判断で早めのシーズン終了となった。
上述の通達以後、新しい自粛・禁止要請はない。他の欧州諸国では警官が巡回し、外出申請書を持たない市民に罰金を課す等、強硬な外出禁止要請を行っている中、スウェーデンで罰金を伴う禁止要請は老人ホームの訪問禁止、50人以上の集まりの禁止と、レストランでのビュッフェサービスの禁止のみである。一般人の日常の行動にそれほどストレスを与えるものではない。
国民の反応はどうか。概ね言うことを聞いている。もともと人口密度の低い国であるため、無理に公園を閉鎖したりしなくても、人が一か所に集中することはない。人々は週末になると新鮮な空気を求めて森に散っていく。私も週末に森へ行くと、普段より人が多いと感じるが、それは普段は「まったく人とすれ違わない」から、今は「1時間に数人とすれ違うようになった」という程度だ。
トイレットペーパーやパスタの買いだめに走る人々のニュースもないわけではなかったが、私が普段利用するスーパーで棚が空になっているという状況はなかった。「トイレットペーパーは各家庭2パックまででお願いします。ご協力感謝します」という張り紙を見た程度だ。
マスクをしている人はほとんどいない。もともと花粉の時期ですらこの国にはマスクをする習慣はない。今はそれに加えて薬局でマスクが品切れになっていることもあり、街中でマスク着用者すら見かけない。もちろん、肘を口に当てずにくしゃみや咳をする人への視線は冷たい。時には直接的に「マナーを知らないのか。咳が出るなら家にいろ」という言葉を他人に直接的に声かけして注意を促す人いる。
スウェーデン最大手のスポーツジムは3月中旬から3週間ほど自主的に閉めたが、今は再開している。もちろん距離をとれるように一度にジムに入れる人数の定員は減となったが。
(連載第2回に続きます)
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