デジタル革命時代の中高年社員の再教育
クラウド化で従業員のスキル移行に取り組んだ米企業の実例
米ジョージア州コロンバスのウォーレン・アチュリーさん(59)は30年以上、メインフレーム(大型汎用機)のデータベース開発に携わっていた。今では概ね過去の遺物とみなされている技術だ。約3年前、同氏は自分の仕事が絶滅の危機に瀕していることを知った。
アチュリーさんが勤務するトータル・システム・サービス(TSYS)はクレジットカードなどのキャッシュレス決済の処理を手掛ける世界最大手企業の1つ。将来に備え、基幹システムをメインフレームからクラウドへと移行した。それに伴い、高齢化する社員にもスキルの移行を要求した。アチュリーさんは学ぶことに貪欲だと自負しているが、それでも危機感はあった。
2017年、45歳以上が多くを占める約400人の同僚と共にアチュリーさんは経営陣との会議に出席し、率直な質問をした。「新しいスキルを習得すれば私は会社で生き残れるのか?それとも、私は老いぼれた牧羊犬のように、子犬が仕事を引き継ぐ準備ができたら、裏手に連れて行かれて頭を銃で撃ち抜かれるのか」と。
金融業から製造業まであらゆる業界がデジタル革命に乗り出している。19世紀~20世紀初頭の産業革命を彷彿とさせるが、ペースははるかに速い。企業にとって、自動化・デジタル化が進んだ世界で生き残るのに必要な労働力を確保するためには、何千万人もの中堅社員を再教育するか、または入れ替える必要が出てくるとエコノミストは指摘する。あらゆる職種の人たちが、全く新たなスキルを習得し直さなければ時代に取り残されるリスクにさらされている。たとえキャリアの終盤にさしかかっていてもだ。
多くの企業は従業員の再教育に投資するよりも、人材の入れ替えを選択する。マッキンゼーが最近米国の経営者を対象に実施した調査では、3分の2の経営者が向こう数年間で自社労働者の25%の仕事が新たなテクノロジーによって一変すると答えた。また、3分の1の経営者が、大部分については必要なスキルを持った労働者を新規に採用すると回答した。
問題は、十分な人材を見つけられないことだと専門家は指摘する。特に、クラウドコンピューティングや人工知能(AI)などの新興技術関連で既に人材が不足している労働市場では尚更だ。
「生き残るにはこれが必要」
ジョージア州アトランタの南西約160キロに本拠を置くTSYSも、そうした問題を抱えていた。かつての織物工場の集積地にはアマゾンやグーグルなどのハイテク企業はなく、クラウド技術に長けた何千人もの新たな労働者を雇い入れることは難しかった。そこで同社は既存の労働者をまとめて教育し直すことにした。
全社員の35%に相当する総勢4500人の技術者を再教育するため、その多くに数十時間にわたるオンラインコースを受講させた。また多くの人は2週間の集中的なデジタル研修にも参加した。
アチュリーさんがたどった道のりは、さらにハードなものだった。経営陣との会議から数カ月後、2つの仕事をやり繰りすることになった。メインフレームの上級エキスパートとして従来の仕事をこなす一方で、立ち上げ間もないクラウドコンピューティングチームでも働いた。1年近く、おおむね朝6時に出社し、午後9時前後に退社する日々が続いた。1日12~15時間働いて帰宅し、妻に軽くあいさつをした後は、受講を義務づけられた多くのオンラインコースを受けた。
家族でニューメキシコに車で旅行した際には、助手席に座り、妻が運転するかたわらでノートパソコンやスマートフォンでコースの課題に取り組んだ。オフィスで飲むコーヒーの量は1日6杯前後だったのが、12杯に増えることが多くなった。
「生き残るにはこれが必要なんだ」アチュリーさんは妻に話した。
従来のメインフレームチームでは、ベテラン社員として上司にしばしば助言していた。だがクラウド業務をする際には、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)への適切な接続方法が分からず戸惑い、「自分の子供たちより若いスタッフに『助けてくれないか』と頼まなければならなかった」とアチュリーさんは話す。
取り組むかどうかは社員次第
適応力の高いアチュリーさんは再教育を受けて移行を終え、今ではフルタイムでクラウドの仕事に就き、最近は同僚の再教育も手助けしている。さらに勉強を重ね、「AWSソリューションアーキテクト-アソシエイト」の認定も受けた。
会社が再教育を始めた当初は、全員のやる気を促すのは容易ではなかった。経営幹部は、集中デジタル研修を始めれば、数百人が参加すると期待していたと話す。だが当初の参加人数は50人に満たなかった。ベテラン社員の多くは研修についていけないのではないか、最終的に失職するのではないか、あるいは初級レベルのクラウドコンピューティング職に移行すれば給与をカットされるのではないかと警戒していたという。
また、一部の顧客向けの新製品開発には遅れが出た。最初に再教育を受けた技術者たちは、第2弾や第3弾の再教育を手助けしつつ、新たな仕事をこなさなければならなかったためだ。だが彼らに職務を掛け持ちさせたことで、TSYSが再教育に投じた費用は年間わずか150万ドル(約1億6400万円)で済んだ。
再教育プロジェクトの陣頭指揮を執った最高情報責任者のパトリシア・ワトソンさんは「社員の多くを20年以上やってきた仕事から移行させるのは簡単ではない」とした上で、「しかし、われわれがすべきことは分かっており、この旅を社員と共にやり遂げることが重要だった」と述べた。
ワトソンさんは社員に対し、会社は史上最大の技術的シフトに直面しており、再教育のためのツールは与えるが、それに取り組むかどうかは各社員次第だと伝えた。「こうはっきり告げた。『今の仕事を続けたければ、それでも構わない。ただし、われわれは5~6年後には全く違う業務をすることになる予定で、一部の仕事はいずれなくなる』」
同社の中高年社員再教育は今後も続く。
以上、Wall Street Journalより要約・引用しました。https://www.wsj.com/articles/how-a-companys-aging-workforce-retrained-itself-for-the-cloud-11572192001?mod=searchresults&page=1&pos=1
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