鉄鋼輸入制限、ラストベルトが被害者
3月8日にゲーリー・コーン米国家経済会議(NEC)委員長が辞意を表明した。コーン氏はトランプ氏が発表した輸入鉄鋼・アルミニウムへの関税導入を阻止するため、政権内で戦ってきた。コーン氏は民主党員だが、共和党議員らは、保護貿易的な主張が優勢なホワイトハウス内で最も信頼できる相手だとコーン氏を評価している。ジェフ・フレーク上院議員(共和、アリゾナ州)は「コーン氏はホワイトハウス内で、通商政策に関して経験豊かな、安定した存在だった。彼が政権を去ることは惜しまれる」とツイートした。
コーン氏辞任表明により、トランプ大統領が鉄鉱とアルミニウムに異例の輸入制限を課す公算が更に明確になった。世界の鉄鋼市場の混乱による新日鉄住金などへの打撃や、欧州や中国の報復措置による自由貿易体制の動揺などどんな悪影響が広がるのか予断を許さないが、日本の視点からは抜け落ちがちな「もう一つの被害者」がいる。鉄やアルミを使う米国内のユーザー産業だ。
新日鉄住金によると、鋼材市場では「米国の独歩高」が続いている。今回の措置以前にも、米国は反ダンピング課税や相殺関税などを多発して、中国や日本からの鉄鋼輸入に大きな制約をかけてきた。その結果、一時期大きな問題になった中国の対米輸出は急減し、米輸入全体に占める中国鋼材のシェアはわずか2%に抑え込まれた。
こうした貿易制約の結果、熱延鋼板1トンあたりの世界平均価格がおおよそ600~650ドルなのに対し、米国では同800ドルと突出して高い。その上に25%に達する今回のトランプ関税がかかれば、米市場という行き場を失った鋼材が他の地域に流入し、世界平均を押し下げる一方で、米国では経営悪化に苦しんでいる米高炉大手を中心に値上げの余地が生まれ、米国と「それ以外」の価格差がさらに広がるだろう。市場のゆがみが一段と増幅するわけだ。
そんな事態になれば、直接的な被害を受けるのは鉄やアルミのユーザー産業だ。これまで米産業界は個別企業を名指しで批判するトランプ大統領の手法に恐れをなし(または嫌気がさし)、政策の批判を避ける経営者が多かったようだが、今回ばかりはそうも言っていられない。
15の業界団体が連名の声明
例えば、製缶協会(Can Manufacturers Institute)のほか、食品機械、ダイカスト、ファスナーなどの15の業界団体はトランプ政権の輸入制限検討を受けて2月12日に連名で声明を発表し、「私たちの産業は全米で3万の工場を持ち、100万人を超える雇用を創出している。鉄鋼産業の8万人よりはるかに大きい」「多種類の鋼材のなかには米国の鉄鋼会社が生産していない品目も多く、輸入制限は国家の安全保障にむしろ害を与える」「(電炉大手の)米ニューコアの2017年の純利益は前期比65%増の11億ドルに達している。こんな産業が保護の対象になるのはおかしい」と主張している。
ほかにも石油パイプライン協会(Association of Oil Pipe Lines)は「パイプラインの敷設によって米国の労働者は年間10億ドル以上の所得を手にしているが、一方で米国の鉄鋼産業は(耐高圧性など)パイプラインに適したグレードの鋼材を生産していない……輸入制限によってパイプラインの敷設計画や関連産業の雇用に意図せぬ悪影響が及ぶかもしれない」と主張する。
全国貿易協議会(National Foreign Trade Council)も米国自動車工業会(Alliance of Automobile Manufacturers)や全国工作機械協会(National Tooling and Machining Association)などとの共同声明で、輸入制限の非を訴えた。
製造業の集積地で、経済不振に苦しむ米中西部を中心としたラストベルト重視の訴えがトランプ氏を大統領に押し上げたのは周知の事実だ。だが、この原稿で列挙してきた業界団体の名称が示すように、鋼材などの輸入制限で負の影響を受けるのもラストベルト産業である。鉄とアルミという2つの産業は救済されたとしても、その他の製造業がツケを払うのであれば、ラストベルト再生はむしろ遠ざかることになろう。
トランプ氏が鉄鉱、アルミニウムの輸入制限を実行すれば、自由貿易への大打撃になる。そして貿易戦争の引き金にもなるだろう。実際、主要輸出国のカナダやEU、ブラジル、メキシコなどが対抗措置も辞さない構えである。米国経済、世界経済の将来が非常に懸念される。
以上、日本経済新聞より要約・引用しました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27807530X00C18A3X12000/
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